語り場!?

モンテアルバンと津波


その日は軽いノリできてしまった。入場とともにメキシコの中学生の修学旅行といっしょになった。彼らがフレンドリーに近づいてきたので、しばらく彼らのスペイン語のガイドを聞くことにした。その時は日本のアニメや漫画の話しなどで盛り上がってたので遺跡から感じるものなどおおよそなにもなかった。その後、彼らと別れひとりになった僕は体中にアンテナを張り巡らし遺跡から何か感じられるものを探した。
北の方にある寺の方へ歩いて登るときだった。なんとも表現難しい胸のざわざわ感がやってきた。寺の一番高いところに着いたときにはざわざわは絶頂に達し両足から上がってくるエネルギーのようなものが体を支配した。勿論、山の上にある古代の町とその下にある現代の町が同じ時空に共存している景色も神秘感をかもし出していた。
僕はしばらくその場から動けなかった。自分の体はもはや自分のものではなく巨大な宇宙の中に自我が薄められていくような気がした。それはちょうどカレーに入れた人参や玉ねぎがとろけてそれぞれの主張を失って絶妙なハーモニーを作っていくように。結局遺跡には6時間以上はいたと思う。しかしそこには時間という概念すら感じず、あっという間に過ぎていた時間に驚かされた。
その日の夜珍しくはっきりした夢で目を覚ました。そこには津波に飲み込まれそうな自分がいた。
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# by masayan_wjp | 2011-11-02 14:14

ガウディ


彼の建築を見た瞬間この人の建築は人間一人が作り出せるものの限界を超えていると直感で感じた。
彼の作品はもうこの世のものとは思えない。魔法とかそういう世界のにおいがしてしまうのだ。
彼は自然界のものを参考にして作ったと言われているが、それよりもむしろ自然界がガウディの手を使って作らしたのではないかという気さえしてくる。

また同時に彼の作品からは自然界のもの、例えば骨やバナナなどにしてもなぜそんなに美しいカーブを描いているのかについて考えさせられる.
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# by masayan_wjp | 2011-09-08 14:04

家族⑵

子供は幼稚園や小学校に入るまで外の世界を知らない。親が作り出した世界が彼らのすべてになる。
ぼくの家は笑えるほど保守的だった。いや保守的というより、マルクス主義に没頭したカストロのように子育てに対してなにか強い理想があったのかもしれない。テレビは週1日日曜日の夜の60分の教育アニメだけ、マンガはバカになるからと本しか買い与えられなかった。
別に貧しいわけではなかったがおこずかいはほとんどもらえず、オモチャを欲しがってもめったに買ってもらえることはなかった。
それでも小学校に行くまではそれが当たり前だと思っていた。
でも小学校に入って友達に行くと、マンガを読みながらテレビゲームをやっている。親がやってはいけないと言っていたことをすべてしている友達を見て驚愕した。自分の中で組み立てられて来た価値観は6才にして無残にも砕け散ったのだ。
もちろん外の世界を知ってしまったボクは親に見つからないように様々なことをした。
マンガを読んでると姉に密告され全巻没収されたり
親の財布から金を盗んでお菓子を買いに行くも後をつけられて、大目玉をくらったことも。
ボクは気づくと完全にコミニズムのヒエラルキーの中にいた。それでもボクら兄弟はベルリンの壁を指でほじくりながら少しずつコミニズムを少しずつ壊していった。
そして、この小さなコミニズム国家は国民達の成熟とともにいつしか民主化していった。
コミニズムというのはいろいろ生活に制限を設けられる。
人間というものはそういう時に自由を強く切望する。ところがなんでもできるようになると不思議と自由というものを感じなくなる。あの頃切望した自由の甘酸っぱい感じはなんとも形容し難い。
本当の自由というものは抑圧されているものの心にしか存在しないのかもしれない。
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# by masayan_wjp | 2011-08-08 13:59

家族⑴


今回の旅で弟といっしょに旅する機会があった。2人で海外を旅するのは初めてだ。海外生活の長い彼とは長い間ゆっくりとした時間を共有する時間をもてなかった。
けんやは7才も離れた末っ子の弟だ。その年齢差からも彼の小さい時の純真爛漫な姿は上書き出来なくなったテーレコーダーのように歪んだ記憶としてボクのお頭の中で繰り返し流れていた。

それだけに自分の時は感じなかったが(無かったのか?笑)、十代後半から二十代前半の4、5年の大きな変化には目を見張るものがある。
頼もしい一方で二度と戻らないモノトーンの向こうに妙な虚無感を感じるのだ
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# by masayan_wjp | 2011-08-08 13:55

ぼくの中のヒットラー

アウシュビッツに行ってどう思った。スロバキア人まっすぐな視線とそんな漠然とした質問に思わず言葉をつまらした。日本もドイツと同じように戦争の加害者で同じようなことをしてきたから心が痛かったとその場しのぎのような答えをした。
でも実際には英語では説明出来ない、いや日本語でも説明難しい気がした。それは単に60年程前に起こった昔話というよりはどの時代にも共通する普遍なものを感じたからだ。ヒットラーは国民によって民主的に選ばれた政治家だった。ガイドが何度も強調して繰り返していたそんな言葉がまだ頭の中で響いている。そしてこの人間の行ったこととは思えない虐殺は国民の民意を反映しておこなわれていた(直接ではないが民主的な手続きに準じて行われてた)。けしてヒットラーという狂気によってすべて行われたわけではない。第1次世界大戦の敗戦、その後の大恐慌がヒットラーを生み出す土壌を作りあげてしまった。
そして収容所で徹底的に階級社会を作るとユダヤ人同志でも暴漢するようになった。ガス室での大量虐殺にもけして罪悪感をもたなかったという。
人間とは実に危うい生き物だ。
みんな知らないうちに極悪人になる可能性を秘めて生きている。
いつしかあの戦争はヒットラーや東条英機だけのせいにされてきたのではないのではないだろうか
誰の中にもヒットラーはいる。
収容所内の息を殺したような暗さはそんな人間の心の闇を映し出しているようだ。

今の日本は不景気のあとに震災や津波と当時のドイツの状況に似ているところもある。僕らはここから学ばなくてはいけない。
身体は失っても人の心はここに存在し続けている永遠に。そしてあの時と何も変わらずに。

帰りがけに見たこの無表情な建物は雲のなくなった空を懐かしそうに見つめていた。
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# by masayan_wjp | 2011-07-22 22:07

風呂

今モンゴルです。

モンゴルは思いのほか旅行が難しい国だった。

ここに来るとみんなツアーに参加するみたいだ。最初はこんなのでいきたくないと思った。

でも、行ってみてわかった。バスはミチなきミチを走りミチなる場所へとそんな感じだ。言葉も全く通じないし難しい。

そんなわけでオランダ人、ドイツ人のカップルと一緒にドライバー、車を雇いゴビ砂漠へ出発!

ロシアンジープ10日間のキャンプ生活をまえに興奮は最高潮!。

興奮冷めやらぬままといいたいところ、だけど3日で冷めた。

移動がつらいんだ。道路は舗装のほの字もないんんだから。揺れが激しくなるとひたすら飛び跳ねながら寝た。

3日で冷めた後は結構楽しめた。人間の適応能力はすごい!しばらくするとゆれることが日常になりなれた。

そんなこんなで風呂は全くはいらなっかった。

それも3日ぐらいまではつらっかった。頭がかゆくてしょうがなかった

ところがそれを過ぎると不思議とまったく気にならなくなった。

いつしか僕の日常の作業から風呂というものが消えていた。

もう一生風呂に入らなくても大丈夫な気がした。

ぼくらは普段1日1回風呂に入らなきゃいけないという一種の脅迫観念に縛られて生きているのかもしれない。

ツアーが終わった後、ぼくは風呂に入るのを忘れるようになった。

こんなこと今までなかった気がする。

明日こそ風呂はいろっと。
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# by masayan_wjp | 2011-06-28 01:38

スギ帝国の逆襲

縄文杉から見下ろす眼下に美しく青々とした森が広がる。

それは真ん中にあぐらをかいて座る縄文杉をすべての木々たちが崇めているようにも見える。

しかし、実際はこの美しさからは想像もつかないような激しい覇権争いが続いている。永遠に続いた文明などなかったように杉にも繁栄し続けられない宿命が用意されている。
杉は増えすぎると森中は暗くなり、葉が小さく光をたくさん必要とする杉は子孫が育たなくなるのだ.一方で、広葉樹は葉が大きく少ない光でも育つことができる 。
つまり、すぎ帝国の滅亡後は広葉帝国にうって変わる。

しかし、全く希望がない訳ではない。

倒れた杉の巨木の間から一寸の光が差し込む。
ここに新たな杉が芽をだし始めている。
新たな戦いの夜明け。

でも、一人の人間の人生なんてこの戦いの1コマも見れやしない。
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# by masayan_wjp | 2011-05-04 19:36

put it behind me!

アメリカの映画

the straight story とかいう

いろんな病気にかかって歩けなくなったじいさん

がトラクターで旅をするというストーリーなんだが

これをボーと見ていたら、面白い英語の表現があった

put it behind me

で「水に流す」という意味らしい

なるほど

英語はあらためて視覚的な言語だと思った

日本語と着眼点の違いがおもしろい
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# by masayan_wjp | 2007-04-16 08:12

文明飽和期到来!?

ある有名な精神科医の本によると

80年代以降この世の娯楽のほとんどは今までの焼き増しに過ぎないらしい

もうこの世にはありとあらゆるものが出尽くしてしまった

新しくできる遊園地はディズニーランドと根本的にはかわらないし

映画ではエイリアンなどをはじめとする、いろんな映画が1、2、3と出していったがどれもつまら

なくなるばかりだ

音楽シーンはというとビートルズが作ったポップミュージックの枠組みを未だに壊せないでいる

ボクはそんな飽和しきった時代の真っ只中に生まれたのだから、

常に新しいものを生み出していた時代がどんなカンジだったのか知らない

今は無味乾燥のつまらない時代になのだろうか?

ボクらは昔のことを引っ張り出してきて使いなおしたり、

今あるものを組み合わせて新しいものを作ることしかできないのだろうか?
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# by masayan_wjp | 2007-02-17 09:17

オーベイ化!?

ふと思い出した

ちょうど去年の今頃だろう

ボクは姉を訪ねてガーナに行っていた

そう、あのチョコで有名な国である

肌の白い人たちが猛威を振るってたころ(今でもそうであったりするが)

奴隷貿易はあの辺を中心に行われていた

僕らは奴隷貿易のために白人達が作った城を見学している時

ある黒人に声をかけられた

聞くところによると彼はアメリカ人で

先祖がどうやらこの辺りから連れてこられたらしい

そこで彼は自分のルーツを探す旅をしているらしかった

彼は僕らにこんなことを言った

「君たちの国は鎖国をしていて正解だったんだ」

「僕らの国は来るもの拒まず受け入れていたからこんなになってしっまったんだ。」

日本が鎖国をしてたことを彼が知ってたのにも驚いたが

なにより彼の放った言葉の重さに返す言葉がみつからなかった

鎖国がすばらしいことだったなんて今まで考えもしなかった

むしろ学校では鎖国が文明開化を遅らせたなどと習った気がする

それにしても今の日本の社会は欧・米・化しすぎている

なんでも何のためらいもなくオセロのように欧・米・化していく

今ではどれが僕らの本来の文化かわからなくなってきている

日本人のアイデンティティがわからなくなってきている

もっと鎖国しよう

もっと僕らの文化を守りたい!
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# by masayan_wjp | 2007-02-16 07:57